第4話 (最終回)
夜は深く、街の明かりもまばらになったころ、私たちは互いの熱を残したまま静かに横たわっていた。
体の温もりはまだ隣にあり、呼吸はゆっくりと落ち着きを取り戻しつつある。息遣いが交じり合うその瞬間、言葉よりも深く互いの存在を確かめ合った。
村井がそっと私の髪に触れる。指先の感覚が余韻を呼び覚ます。
「……これで、よかったのかな」
小さな声でつぶやく彼に、私は肩越しに視線を送る。
「……うん、今日だけは。間違いじゃなかった」
私の言葉に、村井は微かに笑った。
窓の外では風が夜の闇を揺らす。しばらくの間、二人は言葉少なに体を寄せ合い、沈黙の温もりを楽しんだ。
やがて、村井が携帯を取り出し、画面に目を落とす。私は横で見守る。すると、画面に夫からのメールが届いているのが見えた。
「浮気してないよね?」
その文字を読み上げられた瞬間、私は思わず息を呑む。視線を村井に向けると、彼も眉をひそめ、少し苦笑している。
「……うん、まあ、これは……」
村井は少し戸惑いながらも、画面を私と共有するように差し出した。私たちは二人でそのメールを眺め、しばらく沈黙した。
その沈黙の中で、私は体の余韻と心のざわめきを感じる。夫には言えない、でも今夜だけは村井と分かち合った秘密。胸の奥で熱がまだくすぶっている。
村井が私の手をそっと握る。指先が触れるたび、あの夜の感覚が蘇る。
「……大丈夫。誰にも言わない」
囁かれ、私は小さく頷く。互いに目を合わせるだけで、言葉以上の理解が生まれた。
画面に映る夫の文字は、ただの日常の確認のつもりなのだろう。けれど、私たちにとっては、交わした夜の余韻と秘密を改めて感じさせる存在だった。
画面を眺めながら、二人で微かに笑う。笑いは緊張と喜びが混じった、穏やかで危うい温もりを運んできた。
夜はまだ長く、しかしこの瞬間だけは、二人の世界が静かに呼吸しているようだった。
窓の外の風が、私たちの胸の奥を揺らす。秘密と余韻が、重なり合い、消えることのない夜の証として、静かに存在していた。
作者紹介
奈良あひる 1990年生まれ 渋谷の会社員
趣味で体験をいかした青春小説を書いています。応援よろしくお願いします。