露出計の向こう 第7話

短篇小説
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「その眼差しの奥へ」

写真展は終わっていた。
彼の作品はあっという間に人気になって、あの海辺のギャラリーでは手狭になったらしい。
今は、東京の端の小さなアトリエで撮影も展示もしていると、ネットで見つけた。

夫がそのページを開いて、私に言った。

「会ってみようか。あの写真家に」

私は、少し驚いて、少しうれしかった。
あの夜、夫と再び結ばれたとき、もう過去は過去になるはずだった。
だけど、どこかで彼の名を検索してしまう自分も、まだ消えていなかった。

アトリエは、古いビルの3階にあった。
コンクリートの床に白い壁。大きな窓から光が差し込み、
奥の壁には、新しい写真たちがいくつか並んでいた。

私の裸体は、そこにはもうなかった。
彼の視線は、もう他の誰かに向いているのだとわかった。

「……ようこそ」
彼は変わらぬ低い声で言った。
私と夫を交互に見て、わずかに片眉を上げた。

「ご主人といらっしゃるとは思いませんでした」
「あなたの写真を、ちゃんと見る必要があったの」
夫のかわりに私が答えた。

彼は静かにうなずいて、私を真正面から見つめた。
その目に射抜かれる感覚は、かつて私の身体を貫いたレンズと同じだった。

夫は写真のほうへと歩いて行った。
私はその隙に、ほんの数歩だけ、彼に近づいた。

「……もう、私には何も残ってないのよ」
「それでも、まだ欲しいって目をしてる」

彼の声は、くぐもっていた。
でも確かに、私の奥に火を点けた。

「……少し散歩してくるよ」
夫がそう言ったのは、展示スペースをひと通り見終えたあとだった。

「ひとりで?」
「うん、少し考えたい」

扉が閉まる音。
静かなアトリエ。
空気が急に生々しくなった。

つづく

第8話

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