第8話
夫「少し、散歩してくる」
そう言って夫が階段を降りていった瞬間、
私の鼓動は、明らかに音を変えた。
彼の足音が完全に消えるまで、
私は動かなかった。
動けなかった。
けれど、背後からゆっくりと近づいてきた彼の気配が、
背中にかすかに熱を落とすと、
私は、もう拒む理由を見失っていた。
「……いいの?」
彼が低く尋ねる。
「夫が……いない間だけ」
声は震えていた。
その震えに、わずかな快楽が含まれていることを、私は自覚していた。
その瞬間、カメラのシャッター音が、小さく響いた。
一歩後ずさると、彼が言った。
「旦那さんが、そうしてくれと言ったんです。
“あなたがどう選ぶかを、見せてほしい”って」
私は息を止めた。
夫は——すべて、知っていた。
私が、ここでこうなることも。
「あなたを試してるわけじゃない。
あなたを、受け入れたいんでしょう。
全部を」
彼の言葉は、優しくも鋭かった。
私は逃げるようにシャツのボタンを外し始めた。
身体が勝手に応えていた。
どこかで撮られていることにさえ安心していた。
乳房があらわになると、彼が近づいて指で円を描いた。
カメラの音が、断続的に鳴る。
「こんな顔、旦那さんに見せたことある?」
「ない……見せられなかった……」
スカートをまくり上げ、ショーツを抜かれる。
膣口に触れる風。
彼の舌がそこに触れると、私は大きく喘いだ。
膝をつかまれ、腰を抱えられたまま、
後ろから彼の舌が私の割れ目をなぞる。
次に、指がじゅぶっと音を立てながら膣内をかき混ぜた。
「濡れてる……旦那さんのこと、思い出す?」
「違う……これは、あなただけ……ああっ……!」
自分でも信じられないほど淫らな姿をさらしているのに、
心のどこかは、平静だった。
いや、夫が見ている——
それを思うたび、
むしろどこかで、赦されているような錯覚があった。夫が彼を通して写真を通して私を抱いている。
彼のものが、膣に押し入ってきた。
「熱い……入ってる……全部……!」
腰を突き上げられるたび、
膣壁が吸い付き、音が部屋にこだました。
パシャ、パシャ。
シャッター音だけが、ずっと一定のリズムで刻まれていた。
「撮って……全部……私の、この顔も……この声も……」
夫に、届くようにと願っていた。
この姿を、どうか、
——理解ではなく、受容で見てほしいと。
彼が中で果てた瞬間、
私も脚を震わせて絶頂した。
すべてが終わったあと、
私は膝を抱えてソファに座った。
シャワーを浴びる気にはなれなかった。
むしろ、この匂いのまま夫に会うべきだとすら思った。
しばらくして、階段を上がる足音がした。
彼が入ってくる。
何も言わず、ただ私の横に座った。
写真家は、無言でSDカードを彼に渡した。
それだけだった。
帰りの電車のなかで、夫がポツリとつぶやいた。
「どんな君でも、僕の妻だから。
でも——その姿を、ちゃんと知っておきたかった」
私は涙が止まらなかった。
「撮られていたあの瞬間、あなたを一番考えてた」
「うん。だから撮らせたんだ」
手を握ると、彼の手があたたかく包んできた。
どこか、静かな哀しみも含んでいたけれど、
それは、過去を否定する色ではなかった。
その夜、私たちは抱き合った。
あの日よりも、もっと深く。
私の中に入ってくる彼を感じながら、
私は心からひとつになれる気がした。
彼はもう、
私の全てを、
見てくれているのだから。
おしまい
作者紹介
奈良あひる 渋谷の会社員