田中屋の夕刻日誌「駅のトイレにゴミ箱はいるのか」

夕刻日誌
夕刻日誌

文・絵/田中宏明

「ここにゴミを置いていかないで下さい」的な貼り紙の前に、ゴミが置かれている。駅のトイレで見かける景色である。

この話のポイントは、駅のトイレに、なぜゴミ箱を設置しないのかである。それがこの問題のスタート。

利用者にとって、ごみを捨てたくなる心理は当然あると予想されます。それでもなぜ、かたくなにトイレにゴミ箱を設置しないのか。
それは鉄道会社側の「仕事が増える」からである。はたして本当にそうなのか。
そんなの当たり前だ。ただ利用者はごみが捨てられるというのは、必要なサービスに含まれるはずであると考えるのが自然である。ここでいう利用者というのは、トイレではなく、電車の利用者だ。

例えば、駅の中で自動販売機や売店があるのだから、それを飲み終えたあと、そのごみの処分の義務は、そのお店に当然発生する。そこで商売をしているのだから。
利用者としては、切符代を払っている。その中には、当然トイレの利用料が含まれていると考えられる。これもまた当然である。
そして、物を売っているので、それを捨てるためのゴミ処理に関する費用もその価格の中に入っていると考えられる。
つまり何かを買ったから捨てていいというわけでなく、利用者は捨てていいのだ。

なぜなら…

トイレにごみを置いてはいけないということは、ゴミを置いてもそのままずっと置き去りになるのかと言えばそうでもない。次の日までには駅側によって片付けられるのである。
それは、その費用が、客側から払われているお金の中から出ていると証拠なのである。

何かを勝った人だけが、ごみ処理代を払っているとしたら、その人まで置くのを禁止しするのはおかしな話だ。
それでも売店や自動販売機がおかれているのだから、処理代は間に合っていると考えられよう。

つまり、ごみを捨てる費用は利用者みんなが払っているわけであるにもかかわらず、ごみが捨てられないというのは、鉄道会社側の怠慢ととれるのである。

客から費用をとっているにもかかわらず、捨てないでくれというのは、詐欺に近いのではないだろうか。

何かを買ったから置いていいとか、買ってないから置いてはいけないという考え方は、破綻している。
一度買って、ゴミは駅内に捨てなかったので、そのぶん駅外で勝ったものを駅内ですてたといわれれば、どういう扱いになるのか。これは管理できないだろ。

駅側として、自動販売機の横にごみ箱があるのと、売店で買ったものは、売店の店員に渡せばいいなどと言うかもしれない。
そして、駅内にはわずかにごみ箱もある。

ただ、ここで考えるべきはトイレである。
交通機関とは、日常的には仕事で使う。トイレとは、不要なものをすて、体調や身だしなみなどなどを整えたりする役割でもあるのだ。その証拠に鏡などもある。鏡の設置位置からして、順番を待っているときの暇潰しではない。
トイレを我慢したまま次の仕事ができるのか、不要なものを捨てずに効率よく仕事ができるのか、そのあたり当然駅側だって知っているはず。

ごみ箱を設置すれば、しないより、効率的にごみを回収できるのでないだろうか。

もしこころやさしい人がごみを捨てずに、一部の人はごみを捨てているとしたら、捨てない人は、費用だけ払っていることになる。そんなことがあっていいのか。

ということを、吉祥寺駅のトイレに入ったときに思った。
というそれだけの話です。
僕は、ごみを置いていったことは一度もない。
バカ真面目にごみを捨てない人は、切符代から、ごみ処理代を搾取されているのである。
なんてね。

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