深夜日誌「卒論!巨人阿部監督と暴力教育について」田中宏明

夕刻コラム(社説盤) 夕刻日誌

先に手を上げたほうが悪いという考え方は正しくない。手を挙げさせるような何かをした可能性が大いにあるからだ。

今回の阿部監督を例に取れば、もう既に犯罪的なことが置きていたから手を上げたかもしれない。これは本人が黙っているのでわからない。

もう一つは、言葉は暴力にならないのかという問題がある。言葉も暴力であると僕は考える。

つまり、手を先に上げた方が悪いという考え方はチャンチャラかしい。

それと、教育としての暴力であるという考え方を成立させるのも非常にむずかしい。なぜなら、それを成立させたなら、この世から虐待がなくなるからだ。虐待の話は知人からも聞く。それを聞いていると、僕は教育のためとは思えない。

これを成立させるには、親子の関係ではない相手に、教育のためたなら暴力okですという文書を、教育を受ける側が自ら出すしかないんじゃないかな。

親は、やっぱり子どものころから接しているから、小さな世界で洗脳することが出来ちゃう可能性があるから認められないですね。

ですので、教育のための暴力はokという考え方を、この阿部のことを例に上げて言うのははずかしいです。僕なら。

今回、阿部が逮捕されt事については、現行犯逮捕と報道されていましたが、手を上げた瞬間をみたのでしょうか。

それはお知りたいですね。

逮捕されるまでに、お互い状況を説明して、被害者(長女)が納得して、阿部監督が連れて行かれるところを見たということですよね。

そうでなければ、これはテロだ。テロができる。

暴力振るわれましたと言って、通報したら、事実確認無しで連れて行かれたら恐ろしい。

これだけは真実として言えることは、女は男がつみあげてきたものを一瞬で奪ったり、崩壊させたりすることができることである。

文/田中宏明

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