=青春プチロマン小説=ありそうでなさそうで、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。
第7話
封筒が届いたのは、日曜の午後だった。
薄い水色の便箋が入っていて、差出人の名前は、男の姓のあとに「佳乃(よしの)」とあった。
彼の妻の名前だった。
夫は、窓辺でプラモデルの戦闘機を塗装していた。
機体に貼る細かなデカールをピンセットでつまみ、うんうんと一人ごとを言いながら作業を続けていた。
私は音を立てないように便箋を取り出し、読み始めた。
拝啓
突然のお手紙をお許しください。
あなたの名前も住所も知りません。けれど、文章の向こう側にどうしても書きたくて、この手紙を書いています。
私の夫が、あなたに触れていた時間のこと、私はもう何も責めるつもりはありません。
むしろ、感謝していると言ったら、驚かれるでしょうか。
雑誌の写真、あなたが写っているあの数枚には、女であることの誇りと、体温と、微かな哀しみが、確かに映っていました。
私はあれを見て、はじめて気づいたのです。
自分が、女として“写されること”を、夫に望んでいたのだと。
夫の目を、あなたが奪ったのではありません。
私が、あの目を見なくなったのです。
けれど──
あなたを抱いていた夜の彼が、本当に女を愛していたのなら、
その彼をまた、私は愛そうと思います。
あなたの時間が、彼の中に確かにあったこと。
そのことだけは、どうか覚えていてください。
ありがとうございました。
佳乃
手紙を読み終えたあと、私は何も言わずに封筒をたたんだ。
差出人の住所も電話番号もなかった。
ただ、横浜市の消印だけが、青いインクで押されていた。
「できた」
夫が塗装を終えた戦闘機を手にして、笑っていた。
「青いスピナー。今度、台座も作って飾ろうかな」
「いいじゃない。リビングにでも置いたら?」
「え、リビング?」
「私、もう気にしないわよ。あなたの好きなもの、もっと出していいと思う」
夫は少し驚いたように目を見開いてから、頷いた。
「じゃあ、出すよ。思いっきり派手なの」
「うん。派手なの、いいわね」
私は台所に立ち、食器を洗いながら、便箋の最後の行を思い出していた。
「あなたを抱いていた夜の彼が、本当に女を愛していたのなら……」
あの男が、最後に私に言った言葉は、「君は、俺の記録じゃなかった」だった。
けれど今、その“記録”すら、誰かの背中を押すことがあるのだと思った。
それなら、それでいい。