【たけし軍団以外が語る】グレート義太夫の知られざるエピソードまとめ〜松本人志も「放送できない」と絶句…

夕刻コラム(社説盤)
夕刻コラム(社説盤)

ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!関連

  • 2011年7月24日放送の「なりきりたけし王グランプリ(後篇)」で、後輩の三又又三の中途半端なたけしものまねや先輩への不遜な態度に、井手らっきょとともに激怒したエピソード。普段の温厚なイメージから一転した剣幕に、松本人志が「これは放送できない」とコメントしたとされています。

他にも同番組では「謎の生き物」役での出演や、水中息止め企画への乱入(笑福亭笑瓶との共演時など)で、番組側や出演者から「偶々歩いてたら参加した」といった突飛な理由が印象に残る反応を呼んでいました。

「お笑いウルトラクイズ」関連

  • 落とし穴企画などで足を複雑骨折したエピソードが有名。骨折後にテリー伊藤から「骨折クイズ」を提案されるなど、過激な企画の中でも本人が「一番面白かった」と振り返る話が残っています。
  • 2024年に義太夫さん自身がXで「ウルトラクイズ」を懐かしみ、現代のコンプライアンス重視を嘆いた投稿に対し、一般の反応として「複雑骨折した義太夫さんが言う言葉の重み」「もっと世の中の人たちが笑いに関して寛容になればいい」「ヤバいだろと思いつつ面白がって見ていました」といった声が寄せられました。

テリー伊藤との対談での反応

  • ウルトラクイズの「サウナダジャレ」コーナーで、スイッチが入っていないのに汗だくの義太夫さんらを見て、テリー伊藤が「お前、おもしろいから映るところに来い」と前に立たせたエピソード。義太夫さん自身が「テリーさんに初めて褒められた思い出」と語り、テリー側も当時の過激さを「今だったら業務上過失とかで刑務所行きだよ」と笑いながら振り返っています。

他の芸能人・関係者からのコメント(死去時を中心に)

  • いとうせいこう:コロナ禍の音楽プロジェクトで義太夫さんが担当したラジオ番組を振り返り、「ずっと続けてくれたのは義太夫さんだけだった。『俺、話が下手なんだよなあ』とよく言っていた。そういうとこが素朴でよかったんですよ、義太夫さん」と追悼。
  • 松村邦洋(ご近所交流):「なんでも教えてもらいました」「たけしさんのものまね用に『浅草キッド』の音源をつくってもらった」「レインマンのような記憶力」「舞台を大事にされてる姿勢をたけしさんにほめられたのが人生で一番嬉しかったみたい」と、日常的な交流や音楽面でのエピソードを挙げて追悼。
  • 越前屋俵太:「たけし軍団の中で一番仲が良かったです。いつも気にかけてくださってました。もう一度会いたかったです」とコメント。
  • なべやかん:「漫才をやったこともあった。ネタ作りの時、わざわざ我が家まで来てくれた」「正月番組のサマーランドで女子アイドルをプールに叩き落としていく暴れっぷりは見事だった!あれこそバラエティー史に残る暴れ方」と具体的な共演エピソードを挙げて驚愕と追悼。

その他の一般・メディア反応

  • 糖尿病・透析・心筋梗塞の闘病エピソードを本人が積極的に語ったインタビューに対し、「病気を笑いに変える姿勢」「透析しなきゃいけないと思うか、透析すればラーメンが食べられると前向きに考えるか」といった前向きな捉え方が評価される声が見られました。
  • ミュージシャンとしての側面(たけしの「浅草キッド」制作など)や、寄席でのギター漫談・落語活動についても、音楽関係者や寄席ファンから「縁の下の力持ち」「病気とつき合って自分の芸を確立した」といったコメントが寄せられています。

全体として、たけし軍団以外では「過激な体張り企画での印象的な反応」「温厚な人柄と怒りのギャップ」「病気をネタに変える姿勢」「素朴で世話好きな人柄」が繰り返し触れられる傾向にあります。特にウルトラクイズやガキの使い関連は、番組側・共演者・視聴者からの「今では考えられない」との感慨が強いです。

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