雑誌が発売されたのは、金曜日だった。
私はわざわざ近所の書店ではなく、関内の駅ナカの売り場まで足を延ばした。
平積みされた表紙は、白地に細い黒字で「特集:関係のはじまり方、終わり方。」とだけ書かれていた。
カフェに入り、紙袋から雑誌を取り出す。
レジで渡されたときには、ほんの少しだけ指が震えていた。
彼が撮った写真が載っている。
その中のいくつかには、シャツを脱ぐ私の横顔や、腰布一枚で立つ後ろ姿があるはずだった。
──けれど、目に飛び込んできたのは、彼の妻の記録だった。
本文の中で、彼女は言っていた。
「この企画は、男と関係を持つためではなかった。
ただ、自分を見てほしかった。
もう一度、“女”として夫の目に映りたかった――」
そして、同行した男性との記録も、予想よりずっと生々しかった。
旅館の部屋で、男の指が自分の中に入ってくる瞬間。
ベッドの上で、名前を呼ばれながら何度も抱かれた夜。
それを、赤裸々に、けれど品を崩さず綴っていた。
彼の名前はどこにもなかった。
けれど、その語尾の揺らぎ、主語のにじませ方、そのすべてが、彼女の心がまだ夫に向いていることを物語っていた。
***
翌週、私は彼と508号室で会った。
彼は雑誌を持ってきていなかった。
そしていつものようなキスも、すぐにはしなかった。
「……君は、あの記事、読んだ?」
私は頷いた。
「正直、びっくりした。あんなふうに書くなんて……」
「妻が、俺に向かって話してたって、わかった?」
彼は、息を吐いた。
「うん。……気づくのが遅かった」
その言葉のあと、しばらくふたりとも黙った。
「あなた、彼女に戻るの?」
私がそう訊くと、彼ははっきりとは答えなかった。
「……気づいたんだよ、バカみたいに。
あいつが体を使って、何かを訴えてたって。
俺は“記録だろ?”って平気なふりしてたけど、心の中じゃ、焼け焦げそうだった」
「それは、あなたの中に、まだ愛が残ってたってことよ」
私は静かに言った。
意地や妬みでなく、ただ、やっと真実が形を成したような気がして。
「……君と過ごした時間は、嘘じゃない」
「うん。私も」
「でも……」
「でも、エンディングは、私じゃなかったのね」
彼はうつむいたまま、私の手を取った。
あたたかいけれど、もうどこか遠くの温度だった。
その夜、私たちは抱き合わなかった。
何も脱がず、ただベッドの上で背中合わせに寝転がった。
***
家に帰ると、夫がダイニングテーブルにパーツを並べていた。
新しい戦車模型。
説明書を読みながら、小さなパーツをピンセットで取り分けていた。
「接着剤、なくなりそう」
「今度、買ってくるわ」
「うん。ありがと」
夫は手元から顔を上げなかった。
けれどその指先の動きは、いつもより丁寧だった。
私は冷蔵庫から麦茶を取り出し、ゆっくりと飲んだ。
胸の奥に、まだ熱が残っていた。
けれど、泣くほどの未練ではなかった。
ただ、「いいドラマだったな」と、あと味の悪くない連続ドラマを見終えたあとの、あの感じに似ていた。
ソファに腰を下ろすと、隣の部屋から夫の声がした。
「次は飛行機でも作ろうかな」
「そうね。青いのがいい」
パーツの箱を開ける音が、夜の台所に響いていた。
つづく