習作「露出計の向こう」作/奈良あひる

短篇小説
短篇小説

「露出計の向こう」

女は、ひとりで海沿いの町を訪れていた。
旦那の出張に便乗して、二泊三日の自由時間。
波の音と海の湿りを感じながら、どこへも属さない時間を味わいたかった。

カフェのガラス越しに彼を見かけたのは、午後の二時すぎだった。
黒のTシャツに、肩から古びたカメラ。
その姿に、女はなぜか目を離せなかった。

翌日、港の先の防波堤でまた出会った。

「昨日、カフェにいましたね」
彼がそう声をかけてきた。
柔らかな声音と、無造作な笑顔。
どこか、頼りなくて、危うい。
だからこそ、女は足を止めた。

「よかったら、撮らせてもらえませんか?」

断る理由も、承諾する理由も、曖昧なまま、古い旅館の一室でシャッター音が鳴り始めた。

ブラウスの襟を少しずらして、肩を出したとき、
彼の指が、そっとそこに触れた。
押しつけるでもなく、撫でるでもなく、
ただ確かめるような動き。

女は目を閉じた。

「指、冷たいのね」
「少し緊張してます」

そう言いながら、彼はブラウスのボタンに指をかけた。
女は止めなかった。
この町には、誰もいない。
誰も、私を妻として知らない。

シャッター音のかわりに、
彼の唇が胸元に触れた。

「撮るの、もういいの?」
「こっちのほうが…惹かれます」

乳首を舌でなぞられた瞬間、
身体が反応した。
軽く吸われ、指で撫でられ、
それだけで、下腹部がじんと熱を持ち始めた。

彼の指がスカートの裾から入ってくる。
太ももをなぞりながら、ショーツの布地越しに指先で押された。

「……濡れてますね」
「……言わないで」

ショーツをずらされて、指がじかにあたる。
少しだけ開かれた脚に、その指が滑りこむ。
奥までゆっくりと押し入れられると、
背筋がぞくりと震えた。

「もっと奥…」
女が囁くと、彼の顔が脚のあいだに降りてきた。

舌が女の中心に触れ、吸い上げられた。
脚を閉じたいのに、腰が勝手に浮く。
くちゅくちゅと濡れた音が部屋に満ちる。

何度か波が押し寄せて、
そのたびに肩を震わせた。

ベッドに移動すると、
彼はTシャツを脱ぎ、女の脚を持ち上げた。

「コンドーム、あります」
「……入れて」

彼のものは、太くて、熱かった。
ゆっくりと押し入ってくるとき、
女は爪先でシーツを掴み、目を閉じた。

突かれるたびに、身体が跳ねる。
乳房を揉まれながら、
腰を強く打ちつけられると、
腹の奥がしびれて、喘ぎが漏れた。

突き上げが速くなり、
彼の腰が打ちつけられる音が響いた。
体の奥を叩かれるたびに、喉から声が漏れて止まらない。

絶頂は、突然きた。
一度、二度、痙攣のように腰が跳ね、
女は彼の首に爪を立てた。

やがて彼が震えながら果て、
女のうえに崩れた。

「奥さん…なんですね」
ベッドで彼がぽつりと言った。
女は答えなかった。
答えないまま、彼の頬に触れた。

「でも…ありがとう」
彼の声は、ひどく遠く感じられた。

女は立ち上がり、ブラウスを羽織った。
ブラのホックを留める手が、微かに震えていた。

旅館の窓の外では、
夕方の光が、海を金色に染めていた。

今夜は、東京へ戻る。

指のあいだに、まだ彼の舌のぬめりと、
彼の中で果てたときの震えが残っている。

だけど明日の朝には、
すべて忘れたふりをして、
また「妻」に戻るのだ。

この身体だけが、
“あの光”を記憶している。

つづく

第2話

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