水嶋の証言
ふたりを抱いてしまった夜のことを、
俺は、あまり思い出したくないような顔をして、時折、思い出す。
きっかけは、真弓だった。
あの女は、よくも悪くも「知っている」女だ。
何を見せて、どこまで隠せば、男が一番よく燃えるかを心得ている。
あの夜、「ふたりで会おう」と言われたときから、何かが起きることはわかっていた。
だが、彼女が現れるとは思わなかった。
“彼女”——真弓の親友であり、俺と何度も関係を持ったあの女。
何を考えているのか、顔に出さない子だった。
身体は正直なくせに、唇だけは、いつも言葉を呑み込んでいた。
最初に彼女と寝た日を、俺は忘れていない。
展示会のあと、雨が降っていて、
それを理由にホテルの部屋へ誘った。
酒も口実も、いらなかった。
ソファの上で彼女を引き寄せ、首筋に唇を落としたとき、
彼女はほんのわずか、目を閉じた。
それが「合図」だった。
指をスカートの中へ滑らせると、ショーツ越しに、すでに濡れていた。
「キレイだな……」
そう言ったのは本音だった。
妻とは違う。真弓とも違う。
身体が、まだ誰にも馴染んでいない匂いがあった。
ベッドに移ると、彼女は黙って両脚を開いた。
俺のものが入っていくとき、
くぐもった吐息とともに、瞼が震えた。
深く突くたびに、細い腰が跳ねて、
そのたびに、俺の中の何かが満たされていく。
……でも、それは「手に入った」と錯覚するだけの快楽だった。
あの夜——
真弓と彼女と、三人で過ごした最後の夜。
正直、後悔してる。
ワインの酔いに紛れて、真弓が彼女のボタンを外し始めたとき、
俺は止められなかった。
止めようとも思わなかった。
むしろ、火がついた。
二人の女が俺のために同じベッドにいる。
理性より、肉体が勝った。
先に口づけたのは、彼女だった。
彼女の乳房に舌を這わせると、
すぐに真弓が後ろから彼女の腰を撫で始めた。
まるで、渡されているような感覚だった。
この女を、ふたりで開く。
自分のものだと錯覚することでしか、
もう何も保てない気がした。
四つん這いになった彼女の中に入ると、
すでに熱く、とろけるほど濡れていた。
「あっ……もっと……っ」
その声を聞きながら、
俺は、前から乳首を吸っている真弓を見た。
彼女の唇が、ぬらりと光っていた。
その光景が、頭から離れない。
彼女は何度も絶頂し、
俺も果てて、背中に出した。
そのとき、真弓が俺の肩に寄りかかって、
「これで帳消しね」
と囁いた。
俺は何も言わなかった。
何に対する帳消しか、知っていたし、知らないふりもできた。
あの夜を境に、ふたりは消えた。
彼女からも、真弓からも、連絡はなかった。
それに、俺から連絡する理由も、もうなかった。
妻は、気づいていたのかもしれない。
口には出さなかったが、
俺が深夜に煙草を吸うときの視線が、前とは違っていた。
ある夜、ベランダでひとり煙草を吸っていたとき、
ふと、あのときの匂いを思い出した。
女二人の汗と、唾液と、愛液と、
それらすべてが、俺の体に染み込んでいた夜。
だけど、それはもう過去だ。
どちらも、俺のものではなかった。
最初から。
男は、たとえ同時に抱いても、
どちらかを選べなかった瞬間から、
どちらにも負けている。
そう思う。
あの夜、二人の体温に囲まれていながら、
一番寂しかったのは、たぶん俺だった。
誰のものでもない夜。
だが、それは二度と来ない夜でもあった。