水嶋の場合
あの夜、私は忘れたくもないような顔で、ふたりを抱いたことをふと思い出す。
きっかけは真弓だった。彼女は、どこまで見せてどこまで隠せば、男心が最も揺れ動くかをよく知っている。だから「二人で会おう」と言われた瞬間、何かが動き出すことには気づいていたんだ。
でも、彼女が連れてきたのは、私と何度も関係を重ねた“あの子”だった。
自分に感情を表には出さない。けれど、その雰囲気の奥にはしっかりと熱があった。
展示会が終わった後、雨を口実に誘われたホテルの部屋。酒も必要なかった。
ソファで彼女を引き寄せ、そっと首筋に頬を寄せると、それが合図だった。指を、軽く彼女に寄せると、すでに彼女の中には濡れた温もりがあった。
「美しい……」——言葉にしない想いが自然と漏れた。
ベッドへ移動すると、二人は静かに身体を重ねた。湿り気のある吐息、震えるまぶた、跳ねる腰。そして、その度に私の中の何かが満たされていった。でも、それは確かなものではなく、ただの錯覚に過ぎなかった。
夜が深まる——
最後の夜、真弓と彼女と。正直に言えば、今でも後悔している。
ワインに酔った真弓が彼女に触れたとき、止めようとは思わなかった。その逆で、心の炎が燃え上がったのだ。肉体の理性が勝った瞬間だった。
ふたりを同じ空間に迎えられる興奮。贅沢なその瞬間に溺れた。
布団の中に彼女と重なったとき、彼女の声が絡まり、私は果てるまで深く関わった。そして、その夜の余韻を受け止めながら、真弓は肩へ寄りかかり、静かに囁いた。
「これで帳消しかもしれないね」
私は言葉にはできなかった。でも何に対しての「帳消し」かは、よくわかっていた。
その夜を境に、二人の存在は消えた。もう連絡を取り合うこともなく、私から発信する理由も見当たらなかった。
妻はもしかしたら、気づいていたのかもしれない。でも、言葉にはしなかった。ただ、深夜に一人でタバコを吸う私を、いつもとは違う視線で見ていた。
ある夜、ベランダでタバコをくゆらせていたとき、ふと思い出したのは、あの夜の匂いだった。
あの瞬間に染みついた感覚——汗の温もり、吐息、濡れた匂い。それらはすべて、身体に残された記憶だった。
でも、それらすべては過去のことだった。どちらも──最初から、私のものではなかった。
そして私は思う。
たとえ同時に二人を抱いても、本当に選びきれない瞬間から、既にどちらにも負けているのだと。
あの夜、ふたりに囲まれていたはずなのに、実は一番孤独だったのは私だった。
それは「誰のものでもない夜」。
確かに、もう二度と来ない夜だった──そう感じたのだ。

おしまい