あの頃、真っ黒なごみ袋で、なんでもかんでも捨てていた。
その後、燃えるごみ、燃えないごみを分けましょうとなった。
プラスチックを燃やすと有毒がスが出て大気が汚れて星が見えなくなるとか言われていた。
プラスチックを可燃ごみにいれていたら怒られたものだった。
その後呼び方が変わっていった。
可燃ごみ、燃えるごみ
実はプラスチックは燃やせるということになり、燃やすごみとなった。
燃えるとか燃えないとかじゃなくて、燃やすんだよ!という迫力感じます。燃えるごみで捨てたとき怒られことを返してもらいたいものだ。
そのがやっぱりプラスチック燃えないことに気づいたのか、資源というジャンルとなった。もえないごみに分類したらブレブレ感が露呈してしまうからだ。そこで、環境を考えようということで資源ごみに分類。
そして、燃えるごみがまた改名で、燃やせるごみとなった。
燃やすごみと読んでいたあの時代はなんなんだったんだ。青春時代なのか、60年安保闘争のような情熱だったのか。
燃えなかったら燃えないでいいみたいな。燃やせなかったら燃えないごみ、ていうか燃やせなかったごみ。燃やさないごみ。燃やすことをあきらめたら燃やさせないごみなのである。
つまり
諦めるかどうかである。
売れる芸人と売れない芸人のちがいとは
売れるまで芸人をやり続けるかどうか
それと同じ。
燃えるまで燃やしたら燃えるごみ。
燃えなかったら、燃えなかった燃えないごみ。しかし、燃やさないごみなのかどうかはさだかではない。燃やそうとはしたので。
僕がすんでいた時代で言えば、「燃やすごみ」時代の世田谷区がなんでも燃えるごみだった。
あの頃、真っ黒なごみ袋で、なんでもかんでも捨てていた。
ガンジス川のように、ゴミも有害物質も、涙も悩みごとも、怒りもなんでも捨てられた。黒いごみ袋にいれて。
いまは、半透明ごみ袋で、何をすてたかわかるようにってね。
エッセイ/田中宏明(写真家)