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夜、洗濯物をたたみながら、夫に聞いた。
「今度、どんなの作るの?」
「えーとね、ちょっと古い戦艦。大和じゃなくて、“陽炎型駆逐艦”ってやつ」
「へぇ。そういうの、私、見たことないわ」
夫は嬉しそうにうなずいた。
「じゃあ、今度は一緒に見てよ。組み立て、手伝ってもらおうかな」
私は頷いた。
湯気の立つ台所と、青いプラモデルの箱。
手紙の記憶と、肩を並べた沈黙。
たぶん、そういうものを積み重ねて、人生はまた別の形になるのだと思う。
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夫はその日も、静かに作業台に向かっていた。
陽炎型駆逐艦「不知火(しらぬい)」──
説明書のページをめくりながら、プラモデルの胴体にナイフを当てる手元が、やけに丁寧だった。
「今日は、早めにお風呂入る?」
私がそう訊くと、夫は一瞬手を止めた。
「うん。そうしようかな」
その言い方が、いつもより少しだけ柔らかく感じた。
風呂上がり、タオルを巻いたまま鏡の前で髪をとかしていたら、夫が寝室のドアをノックした。
「……あのさ」
「うん?」
「今日、こっちで寝ていいかな」
思わず、ブラシを止めた。
「いいよ」
その答えが思ったよりも早かったのか、夫は少し戸惑ったような笑みを浮かべた。