青春プチロマン小説「横浜ルームナンバー508」第7話 作/奈良あひる

短篇小説
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夜、洗濯物をたたみながら、夫に聞いた。

「今度、どんなの作るの?」

「えーとね、ちょっと古い戦艦。大和じゃなくて、“陽炎型駆逐艦”ってやつ」

「へぇ。そういうの、私、見たことないわ」

夫は嬉しそうにうなずいた。

「じゃあ、今度は一緒に見てよ。組み立て、手伝ってもらおうかな」

私は頷いた。
湯気の立つ台所と、青いプラモデルの箱。
手紙の記憶と、肩を並べた沈黙。

たぶん、そういうものを積み重ねて、人生はまた別の形になるのだと思う。

***

夫はその日も、静かに作業台に向かっていた。

陽炎型駆逐艦「不知火(しらぬい)」──
説明書のページをめくりながら、プラモデルの胴体にナイフを当てる手元が、やけに丁寧だった。

「今日は、早めにお風呂入る?」

私がそう訊くと、夫は一瞬手を止めた。

「うん。そうしようかな」

その言い方が、いつもより少しだけ柔らかく感じた。

風呂上がり、タオルを巻いたまま鏡の前で髪をとかしていたら、夫が寝室のドアをノックした。

「……あのさ」

「うん?」

「今日、こっちで寝ていいかな」

思わず、ブラシを止めた。

「いいよ」

その答えが思ったよりも早かったのか、夫は少し戸惑ったような笑みを浮かべた。

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