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夕刻日誌
夕刻コラム
連続小説「女の風景写真」作/奈良あひる
夕食を終え、風呂を沸かす音が台所に響いていた。由紀子は洗い物を終えると、いつものように居間にノートパソコンを置いたまま、洗濯物を取り込むためにベランダへと出た。
その間、夫はなんとなくパソコンの前に座っていた。普段ならほとんど触れないが、ふと画面に映るスリープ前の文字に目が留まる。
「……日記?」
ごく軽い気持ちだった。家計簿か、短いメモか。そう思い、ついクリックしてしまった。
しかし、最初の数行で息が止まる。
《ベッドに押し倒されたとき、心臓の音が喧しくて――》
目が滑る。けれど、手は止まらない。読み進めるごとに、そこに描かれているのは妻の言葉でありながら、夫の知らない妻だった。
文体はあくまで淡々としている。けれど、文章の行間から立ち上がる熱は、夫にとって耐えがたいものだった。
《彼の指先が、私の喉元にかかる髪を払いのけた。その一瞬に全身が緊張し、抗えない衝動に身を任せた――》
喉が渇き、思わず水を口に含む。だが、胸のざわめきは収まらない。
「これは……物語、なのか? それとも……」
心臓の鼓動が荒い。画面のスクロールを止められずにいる。
ベランダの戸が開き、由紀子が洗濯物を抱えて戻ってくる。夫は反射的にパソコンを閉じた。
「どうしたの?」
何気ない声に、夫は答えを探すが言葉が出てこない。代わりに、曖昧な笑みだけを浮かべた。
由紀子はその様子に、胸の奥で小さなざわめきを覚えた。まさか――と一瞬疑念が過ぎる。しかし何も言わず、静かに洗濯物を畳み始める。
居間に漂うのは、テレビの音でも食器の音でもない。互いの胸の内に芽生えた、言葉にならない緊張だった。
つづく
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