「短篇小説」電車ひと駅で読めるメルヘントリップ

短篇小説

露出計の向こう 第3話

第3話「フィルムの裏側」 私は、言い訳をひとつも用意しなかった。 週末の朝、駅まで夫に車で送られた。「少し疲れちゃって。潮の匂いでも嗅いできたいの」そう言うと、夫は「気をつけて」と笑った。左手薬指には、いつも通りの細いゴールド...
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プチロマン小説の習作「露出計の向こう」第2話 奈良あひる

第2話「指輪の記憶」 「奥さんなんですね」彼がそう言ったのは、さっき私の左手がふと胸元を押さえたとき、薬指の跡がくっきり残っていたからだった。 指輪を外す癖は、いつから身についたのだろう。けれど、外した痕跡までは、隠せ...
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青春プチロマン小説の習作「露出計の向こう」第1話 作/奈良あひる

「露出計の向こう」 女は、ひとりで海沿いの町を訪れていた。旦那の出張に便乗して、二泊三日の自由時間。波の音と海の湿りを感じながら、どこへも属さない時間を味わいたかった。 カフェのガラス越しに彼を見かけたのは、午後の二時すぎだっ...
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白い傘 おまけ② 奈良あひる 

水嶋の場合 あの夜、私は忘れたくもないような顔で、ふたりを抱いたことをふと思い出す。 きっかけは真弓だった。彼女は、どこまで見せてどこまで隠せば、男心が最も揺れ動くかをよく知っている。だから「二人で会おう」と言われた瞬間、何か...
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白い傘 おまけ1 奈良あひる

真弓の場合 彼女は言葉を飲み込んだまま、ソファに腰を下ろした。あの子の癖。負けるとき、声が消える。それがわかるのも、長いつきあいだからだ。 水嶋は鈍い男だけど、女の湿りには正直だ。ふたりの視線の間を、グラスを傾けながら読み取っ...
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白い傘 第3話 最終回 奈良あひる

「たまには顔を出してよ。もう、意地を張らなくてもいいんじゃない?」真弓から届いたメッセージは、どこか軽やかだった。待ち合わせの場所は、あのホテルのラウンジ。行くべきではないと分かっていながら、私は指定の時間に足を運んで...
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ロマン小説の習作「白い傘」第2話 

 銀座の小さなギャラリーは、夕方の雨音に包まれていた。友人の真弓の代わりに足を運んだだけのはずが、水嶋の姿を見つけた瞬間、胸の奥が不意に波立った。彼は相変わらず穏やかで、それでいて何かを抱え込んでいるような眼差しをしていた。 「久しぶりで...
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プチロマン小説の習作「白い傘」作/奈良あひる

「白い傘」 その男と最初に関係を持ったのは、夏の盛りだった。食器棚に手を伸ばした私の背後に、彼の体温がすっと重なった。冷房の音と、煮詰まったジャスミン茶の香りが、いやに静かだったのを覚えている。 「暑いね」背中越しに囁かれたそ...
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プチロマン小説の習作T「波のあとさき」後編 奈良あひる

=青春プチロマン小説=ありそうでなさそうで、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。  後編 背中の波紋 彼女との出逢いは、六月の朝だった。海辺の小さな駐車場で、俺はサーフボードを立てかけてコ...
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六本木の灯り 後編 作/奈良あひる

それから数週間後、加瀬さんと私は再び会うことになった。 きっかけは彼から届いた一通の短いメールだった。――「あの夜の話の続きを、聞かせてほしい」。  待ち合わせは、六本木のディスコではなく、落ち着いた喫茶店だった。ガラス越し...
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六本木の灯り 前編

六本木の灯り  あの晩のことを、私はなぜか忘れられずにいる。 大学三年の春休み、友人に誘われて六本木のディスコに足を運んだ。普段の私なら、そういう場所は敬遠する。どちらかといえば家で本を読んだり、友達と喫茶店で長話をするほうが性に合...
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『呼吸の間(あわい)・後編』

『呼吸の間(あわい)・後編』 その夜から、私は週に一度、佳子の部屋へ通うようになった。 口約束のようなものだったが、私たちのあいだに契約めいた空気はなかった。ただ、夕方の光が薄くなる頃、私は決まって四階の階段をのぼり、引き戸の...
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呼吸の間(あわい)

=青春プチロマン小説=ありそうでなさそうで、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。  呼吸の間(あわい) 昼下がり、職場の同僚に誘われて行ったヨガ教室は、思ったよりも静かだった。都会の喧騒を...
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『雨の筋』

=青春プチロマン小説=ありそうでなさそうで、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。  『雨の筋』  日曜の午前、雨がまっすぐに降っていた。空気は水を吸って重く、部屋の窓ガラスに小さな雫が何本...
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プチロマン小説の習作「猫背のままで」作/奈良あひる

「猫背のままで」  六月の終わり、梅雨の晴れ間に、私はヨガを始めた。 職場の同僚に誘われて通い始めた小さなスタジオは、白木の床がやけに静かで、足音さえも吸い込まれてしまうようだった。汗をかくほど動かないのに、帰るころには肩の荷が一つ...
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