「短篇小説」電車ひと駅で読めるメルヘントリップ

短篇小説

露出計の向こう 第5話

第5話「露光の罠」 日曜の午後、夫は一人で写真展に足を運んだ。写真展のフライヤーを偶然目にして興味を持ったのだ。私はとまどいをうまく隠せていたかはわからない。 ギャラリーの入り口で、受付の若い女性がにこやかに迎える。「...
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プチロマン小説の習作「露出計の向こう」第4話 作/奈良あひる

第4話「光のあいだに」 写真展の二度目の訪問は、三週間後だった。理由はなかった。けれど、理由がないことこそが、私をまたこのギャラリーに向かわせていた。 展示は一部入れ替えられていて、あの夜、自分が撮られた背中の写真はなくなって...
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露出計の向こう 第3話

第3話「フィルムの裏側」 私は、言い訳をひとつも用意しなかった。 週末の朝、駅まで夫に車で送られた。「少し疲れちゃって。潮の匂いでも嗅いできたいの」そう言うと、夫は「気をつけて」と笑った。左手薬指には、いつも通りの細いゴールド...
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プチロマン小説の習作「露出計の向こう」第2話 奈良あひる

第2話「指輪の記憶」 「奥さんなんですね」彼がそう言ったのは、さっき私の左手がふと胸元を押さえたとき、薬指の跡がくっきり残っていたからだった。 指輪を外す癖は、いつから身についたのだろう。けれど、外した痕跡までは、隠せ...
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青春プチロマン小説の習作「露出計の向こう」第1話 作/奈良あひる

「露出計の向こう」 女は、ひとりで海沿いの町を訪れていた。旦那の出張に便乗して、二泊三日の自由時間。波の音と海の湿りを感じながら、どこへも属さない時間を味わいたかった。 カフェのガラス越しに彼を見かけたのは、午後の二時すぎだっ...
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白い傘 おまけ 奈良あひる

真弓の場合 彼女は言葉を飲み込んだまま、ソファに腰を下ろした。あの子の癖。負けるとき、声が消える。それがわかるのも、長いつきあいだからだ。 水嶋は鈍い男だけど、女の湿りには正直だ。ふたりの視線の間を、グラスを傾けながら読み取っ...
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プチロマン小説の習作T「波のあとさき」後編 奈良あひる

=青春プチロマン小説=ありそうでなさそうで、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。  後編 背中の波紋 彼女との出逢いは、六月の朝だった。海辺の小さな駐車場で、俺はサーフボードを立てかけてコ...
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『呼吸の間(あわい)・後編』

『呼吸の間(あわい)・後編』 その夜から、私は週に一度、佳子の部屋へ通うようになった。 口約束のようなものだったが、私たちのあいだに契約めいた空気はなかった。ただ、夕方の光が薄くなる頃、私は決まって四階の階段をのぼり、引き戸の...
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呼吸の間(あわい)

=青春プチロマン小説=ありそうでなさそうで、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。  呼吸の間(あわい) 昼下がり、職場の同僚に誘われて行ったヨガ教室は、思ったよりも静かだった。都会の喧騒を...
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『雨の筋』

=青春プチロマン小説=ありそうでなさそうで、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。  『雨の筋』  日曜の午前、雨がまっすぐに降っていた。空気は水を吸って重く、部屋の窓ガラスに小さな雫が何本...
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プチロマン小説の習作「猫背のままで」作/奈良あひる

「猫背のままで」  六月の終わり、梅雨の晴れ間に、私はヨガを始めた。 職場の同僚に誘われて通い始めた小さなスタジオは、白木の床がやけに静かで、足音さえも吸い込まれてしまうようだった。汗をかくほど動かないのに、帰るころには肩の荷が一つ...
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プチ小説の習作M『雨の夜には』奈良あひる

『雨の夜には』  会社帰り、地下鉄の階段を上がると、思いがけず雨に降られた。持っていた紙袋がじわりと湿る。六本木の交差点、信号待ちの群れの中に、傘も差さずに立ちすくむ私がいた。 男「どうして君は、いつも傘を持たないんだ」 ...
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プチ小説の習作「茄子の煮たヤツ」 奈良あひる

「茄子の煮たヤツ」  雨が降っている。今日もまた思い出す人がいる。 駅前のスーパーで茄子が五本百円だったから、ついひとつ手に取った。艶のある紫色の皮に、自分の手元がぼんやり映った。  まだ暑さの残る九月の...
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プチ小説の習作「灯らない部屋」奈良あひる

灯らない部屋  最後に名前を呼んだのは、いつだっただろう。  鍵のかからないビジネスホテルの一室。午後二時の光がベッドのシーツにうっすら影を落としている。彼女はコートを椅子にかけ、窓際のカーテンに触れた。乾いた都会の光...
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青春プチロマン小説「女が日本一周の旅に出る時とき」第35話(最終回)作/奈良あひる

=青春プチロマン小説=ありそうでなくて、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。女が日本一周に出る理由 SNSにアップしない濃厚ストーリーを小説化 第35話(最終回) 加恵が見...
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