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夕刻コラム「ディーン・フジオカ」
浅岡がフィールドオブビューでDEENが池森だよ。
田中屋のロード俳句「沖縄」
連続小説「薄曇りの午後」第2話 作/奈良あひる
あれから数日、由佳は何事もなかったようにオフィスに戻ってきた。
私の顔を見ると、ほんのわずかに目をそらす。
それは罪悪感か、それとも単なる気まずさか――どちらにしても、前より彼女が遠くに感じられる。
「先輩、これ決裁お願いします」
差し出す書類の指先が震えているのを見て、胸の奥に、説明できない痛みが生まれた。
(あの子は、本当にあの男との関係を断ち切れるのだろうか)
気になって仕方がないのは、彼女のことを案じているから――そう思いたかった。
だが、この数日、もっと別の疑問が私をまとわりついて離れなかった。
―人は、本当にあそこまで誰かに惹かれ、離れられなくなるものなのだろうか。
由佳があれほど危うい綱を渡るように春木へ向かっていったのは、
それだけの“何か”があったからなのか。
その“何か”を知りたいと思ってしまった瞬間、自分で自分を叱りたくなった。
後輩を守るつもりで動いたはずなのに、気がつけば、別の感情が胸の底を温め始めている。
会社の帰り道、私はわざと遠回りをした。
路地に差し込む夕暮れの光が、妙にやわらかい。
その中に立っていたのは、まるで待ち合わせたかのようなタイミングで現れた春木だった。
「先輩こそ、今日は遅いんですね」
「たまたまよ」
言いながらも、偶然とは思えない自分の足の運びを思い返し、少し赤面した。
「この前は、すみませんでした。……色々考えました」
その言葉に、私はふと立ち止まった。
春木も足を止め、私を見つめる。
「由佳とは、もう本当に会いません」
「そう」
短い返事しか出てこない。
胸の奥が急に空っぽになったような感覚だけが残る。
「先輩も、色々と…思うところがあったんじゃないですか?」
「どういう意味よ」
「いえ。ただ――あの日の先輩の顔が、忘れられなくて」
思わず心臓が跳ねた。
私のどんな顔を、彼は見ていたのだろう。
「コーヒーでも飲みますか。近いので」
断ろうとしたのに、声が出なかった。
*
春木の部屋に入るのは二度目だ。
前より少し片付いている気がするのは、気のせいだろうか。
カップに湯気が立つ中、彼は突然、真剣な目つきになった。
「先輩は……もし自分が同じ立場だったらって、考えませんでした?」
胸の奥を突かれたような感覚が走る。
「……何を言いたいの」
「離れられなくなるって、どういうことか。試してみたいと思ったんじゃないですか」
息が止まった。
そんなこと、考えていない。
そう言わなければいけないのに、声が喉で固まる。
春木が、ゆっくりと近づいてきた。
触れたわけではない。
ただ、距離が縮まるだけで、部屋の空気が音もなく変わっていく。
私は目をそらそうとして、できなかった。
「試しますか。――先輩が、確かめたいなら」
その声音は、甘くも強引でもなく、ただ真剣だった。
拒む理由が、どこにも見つからない。
自分から頷いたのか、彼が手を伸ばしたのか――
曖昧な境界だけが、静かに溶けていった。
その夜、私は初めて知った。
由佳が惹かれた理由が、
心のどこかをふっと掴まれるような感覚が、
確かに存在するのだと。
部屋を出る頃には、足取りが少しだけ乱れていた。
それなのに心は妙に静かで、
帰り道の街灯が、知らない色に見えた。
(……これが、離れられなくなるということなのだろうか)
自問しながら歩く影は、
もう以前の私ではない気がしていた。

作者紹介
田中宏明 1980年生まれ 東京都昭島市出身の写真家・放送作家。
2003年 日本大学文理学部応用数学科 ぎりぎり卒業。下北沢・吉祥寺での売れないバンドマン生活&放送作家として日テレ・フジテレビ・テレビ朝日を出入りする。
現在はピンでラジオと弾き語りでのパフォーマンスをおこなっている。
◆写真家:シティスナップとかるーい読物「井の頭Pastoral」撮影・編集
◆放送作家:ラジオドラマ「湘南サラリーマン女子」「わけありキャバレー」原作・脚本
出演ラジオ 第102回
田中屋のシティスナップ

