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やってないお店に嫌悪感
コラム

連続小説「女の風景写真」第18話 作/奈良あひる
その晩も、夫はパソコンの前に座っていた。
由紀子は寝室の灯りを落とし、布団に身を横たえながら耳を澄ます。リビングから聞こえるのは、椅子のきしむ音と、ページをめくるようにスクロールする控えめなキーの音。
(また、読んでいる……)
夫が文章を追えば追うほど、由紀子の中でひそやかな昂ぶりが膨らんでいく。それは夫婦の営みを取り戻すための火種であり、同時に、彼の心に芽生えつつある何かを察する恐れでもあった。
翌朝。食卓に座る夫の目が鋭い。
「……あれ、本当に“物語”なのか?」
唐突な問いに、由紀子は手を止めた。湯気の立つ味噌汁の匂いがやけに濃く感じられる。
「何のこと?」
とぼける声が自分でも少し震えているのがわかった。
夫は視線を逸らさず続けた。
「日記みたいに書いてあるだろ。……いや、日記なんだろう。本当に、別の男がいるんじゃないのか」
その言葉には怒りよりも、抑えきれぬ昂奮が混じっていた。
由紀子は思わず笑みを浮かべそうになった。――彼はもう、物語と現実の境界を見失いはじめている。
「信じるかどうかは、あなた次第じゃない?」
そう言い捨てるように答えると、夫の喉がごくりと鳴った。怒気を帯びた瞳の奥に、確かな火が揺れている。
その夜、夫は以前よりも激しく由紀子を求めた。まるで「証拠」を確かめるように。
由紀子は息を乱しながら、心のどこかで冷静に思っていた。
――もし本当に実話だとしたら、彼はどんな顔をするのだろう。怒りに震えるのか、それともさらに燃え上がるのか。
パソコンの画面には、まだ書きかけの一文が残されていた。
《彼の腕の中で、私は妻ではなく、ただ一人の女になっていた。》
夫はまだ、その続きを知らない。
由紀子の胸の奥で、秘密と熱がからまり合いながら静かに息づいていた。
つづく
作者紹介
田中宏明 1980年生まれ 東京都昭島市出身の写真家・放送作家。
2003年 日本大学文理学部応用数学科 ぎりぎり卒業。下北沢・吉祥寺での売れないバンドマン生活&放送作家として日テレ・フジテレビ・テレビ朝日を出入りする。現在はピンでラジオと弾き語りでのパフォーマンスをおこなっている。
◆写真家:シティスナップとかるーい読物「井の頭Pastoral」撮影・編集
◆放送作家:ラジオドラマ「湘南サラリーマン女子」原作・脚本 オールデイズ直江津Radioで放送中!
出演ラジオ 第98回
田中屋のシティスナップ