露出計の向こう 第6話 

短篇小説
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再生のまどろみ

夫がリビングのドアを開けたとき、
私は、読むふりをしていた本をそっと閉じた。
活字の意味なんて、最初から目に入っていなかった。

視線を上げると、夫は静かに私を見ていた。
怒ってもいない。詰め寄ってもこない。
ただ、何かを失いかけた男の顔だった。

「話そう」
そう言った夫の声が、妙にやさしかった。

——今なら、話せるかもしれない。

「……旅先でのこと、写真家のこと、全部……話す」
声が震えた。だけど、嘘は一つも混ぜなかった。抱かれたことも。

彼は黙って聞いてくれた。
その沈黙が、私をどこまでも苦しめた。
けれど逃げなかった。逃げたら、全部終わるとわかっていた。

「彼に、見られている気がしたの。身体だけじゃなくて、奥の奥まで。
あなたには、見せられなかった部分が、あったの」

喋りながら、私はずっと夫の手を見ていた。
生活のしわとぬくもりのある、その指先。
この手に、私はもう一度、触れてもいいのだろうか。

夜、寝室に向かうのは、少し怖かった。
もう女として見られないのではないか。
あるいは、怒りで抱かれるのではないか。

でも、そうじゃなかった。

彼は、私の髪を撫でて、そっと唇を重ねた。
何年ぶりかも忘れてしまったような、やさしい口づけ。
ただ、それだけで涙が出そうになった。

「俺が見ていなかっただけだ。
君の中に、誰にも知られない影があったなんて、気づきもしなかった」

「私も、自分のこと、わかってなかったの。
……誰かに見てもらいたかった。
女として、まだここにいるって」

声が震えた。
でも、それはもう後悔じゃなかった。

ブラウスのボタンを外されるたびに、
過去の痕跡が剥がれていく気がした。

彼の手が胸に触れたとき、
乳首が自然に硬くなる。
身体は、ちゃんと覚えていた。

ショーツを下ろされ、脚を開くのが恥ずかしかった。
でも彼が、そっと私の膣口に指を添え、
ゆっくりと押し入ってくると、
身体の奥が喜びで応えているのがわかった。

「もう、濡れてるね」
彼が囁くと、私は顔を背けた。

——あなたに抱かれながら、
こうして濡れている自分を、
もう一度誇ってもいいのだと思った。

ゆっくりと腰を重ねてくる。
彼の熱が、私の中を満たしていく。
見慣れたはずの身体なのに、
まるで初めて交わっているような感覚だった。

「好きだよ、今もずっと」

その言葉に、
私はついに涙を流した。

あの男には言われなかった。
彼はただ、私の身体に興奮しただけ。
でも、夫は、私の全部を丸ごと包み込んでくれていた。

何度もゆっくりと打ちつけられ、
波のような快感が膣の奥に押し寄せてくる。
腰が自然に動いて、
夫をさらに深く迎え入れた。

私はもう、誰かの視線の中ではなく、
この人の腕の中で、自分を許せていた。

彼の呼吸が荒くなり、
果てる寸前に私の名を呼んだ。

そして、深く、熱く、注ぎこまれる感覚。
まるで、夫婦の誓いをもう一度、
身体の奥で交わしたようだった。

翌朝、窓のカーテンから差し込む光が、
彼の寝息を静かに照らしていた。

私はそっと、彼の胸に頬を当てた。
聞こえてくる鼓動が、
まるで、これから始まる新しいリズムのようだった。

——愛し方を、
私たちは、ようやく見つけ直したのだ。

私の左手薬指には、あの指輪があった。
もう、それを隠す必要も、痕を消す必要もない。

今度は、この指輪を誇って、
この人と歩いていこう。

まっさらではないけれど、
もう一度、
まっすぐな愛を紡いでいくために。

つづく

第7話

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