プチ官能小説の習作4

短篇小説

「白い湯気」終篇 — とろ火 —

夕方になると、雨は上がっていた。

その日は、なんとなく街に出る気にもなれず、私は彼の部屋でぼんやりと座っていた。
テレビもラジオもつけていない。
窓の外から聴こえる、しずかな生活音だけが部屋を満たしていた。

「ねえ……」

私が声をかけると、彼は台所の片隅からこちらを見た。
白い湯気の向こう、少しぼやけている。

「今夜、火、強めてもいい?」

彼は一瞬だけ黙って、それから笑った。

「……とろ火じゃ、足りない?」

私は、立ち上がった。
シャツのボタンに手をかけながら、彼のほうにゆっくり歩いた。

「あなたの前だと、脱ぐのが怖くない。
自分の醜いところを見られることが、恥じゃないの」

一枚ずつ脱ぎながら、私は自分の身体を曝け出していく。
乳房の形、腰の肉、腹の薄い線――
若くはない女の輪郭を、彼は真剣に、視線でなぞった。

「……綺麗だよ。歳なんて関係ない」

言葉の温度に、また火が灯る。

彼の指が、私の肩から背中へと滑る。
そっと撫でるだけなのに、まるで皮膚の下を火が走ったようだった。

キッチンからベッドへ、ふたりはほとんど言葉を交わさずに移動した。
裸の肌が、シーツの冷たさに小さく反応する。

彼は、私の脚を膝ごと持ち上げて、腰にまわした。
入り口を探す指が、ゆっくり、確かに水気を確かめてくる。

「濡れてる……」

そう言った彼の声が、低く、喉の奥から滲んだ。
私はただ、小さく息を吐いた。

彼が、ゆっくりと中に入ってくる。
ずっと奥のほうまで届いていく、その熱に、私は背を反らせた。

肉が重なり合うたび、濡れた音がシーツに滲む。
彼の動きは丁寧で、だが容赦なかった。

奥まで、深く、何度も突き上げるたび、私は指をぎゅっと握り、彼の背に爪を立てた。

「好き……そうされると、馬鹿みたいに、からだが……」

「言葉なんて、もういい」

彼は私の唇を塞ぎ、さらに深く打ち込んできた。

突き上げとともに、頭の奥が白くなる。
何度も高まりを越えて、最後は、彼の声とともに体内に熱があふれた。

私は彼にしがみついたまま、動けずにいた。

***

しばらくして、彼が言った。

「……また湯を沸かそうか」

「ううん」

私は、彼の胸に頬を押しつけた。

「今日は、もう充分、火が強かった」

彼が、喉の奥で笑った。

部屋には、もう湯気はない。
だが、からだの奥に、消えない熱が残っていた。

それで、よかった。

火が強すぎれば、いつか鍋は焦げつく。
それでも、焦げた鍋の底をなぞりながら、ふたりで笑えるなら――
そんな関係でも、私はいいと思った。

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