プチロマン小説の習作「露出計の向こう」第4話 作/奈良あひる

短篇小説
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第4話「光のあいだに」

写真展の二度目の訪問は、三週間後だった。
理由はなかった。
けれど、理由がないことこそが、
私をまたこのギャラリーに向かわせていた。

展示は一部入れ替えられていて、
あの夜、自分が撮られた背中の写真はなくなっていた。
代わりに、中央の壁に新たに掲げられた一枚に、
私は釘づけになった。

それは——裸体だった。
自分ではない、別の女の、
もっと露骨で、もっと奥まで写されている女の裸体。

伏せた目元、体のラインに沿って置かれた指、
むき出しの心。その全てが、彼の視線を通してさらされていた。

「……あの女、誰?」

誰にも聞こえぬ声で、私は呟いた。
喉の奥が熱くなる。
呼吸のリズムが浅くなっていく。

ただの被写体。
そう思えばいいのに、
私の心のどこかがきしんだ。

——私には、あそこまで撮らせなかった。
——あそこまで乱れてはいなかった。

その“差”に、自分のなかの何かがざわついた。

そのとき、ふと背後から話しかけられた。

「来てくれたんですね。嬉しい」
彼の声だった。

振り返ると、相変わらずの黒いTシャツと、
無造作に結ばれた髪。
けれど、どこか空気が違っていた。

「……あれ、いつの?」
「つい最近。たまたま、いい光が入ったから、撮らせてもらいました」

「……好きなんだ、ああいうの」

「“好き”っていうか……美しいって思った。撮らせてくれた彼女も、潔かった」

その“潔さ”という言葉が、
私の身体の内側を熱くした。
まるで、自分が“足りなかった”と言われているようだった。

「ねえ」
「うん?」
「……あたしも、撮って。もっとちゃんと。あれよりも、濃いやつ」

彼の目が、かすかに驚いたように動いた。
そして、すぐに口角をあげて言った。

「じゃあ、今夜。例の旅館」

部屋に着くなり、
私は自ら服を脱ぎ始めた。

「シャッター切る前に、全部見せて」
「撮る前に、舐めてもいい?」

彼の舌が乳首をくわえたとたん、
全身に電気が走った。
写真展で見た“彼女”の姿が、
皮膚の裏から突き刺さってくる。

負けたくない。
自分の奥まで、この男に晒してみせる。

「きれいだよ……おまえの心」

その言葉だけで、また…。

シャワーのあと、彼はカメラを構えた。

「撮っていい?」
「今度は、指輪も写して」

そう言って、私は濡れた髪をかきあげ、
シーツを腰までずらして、膝を立てた。

「私も、潔くなったでしょ?」

彼は無言でシャッターを切った。
レンズの奥に映る彼女の目が、
どこか、さっきの“あの女”よりも勝っていた。

私の身体には、いま、
敗北も嫉妬もすべて飲み込んだ熱が残っている。

帰り道、
展示のあの写真の女の名は、
最後まで訊かなかった。

それでよかった。
戦うためじゃない。
忘れずにいるために、
あの一枚を、胸に焼きつけたのだから。

つづく

第5話

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