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田中屋のポルターガイスト現象
「わけありたちのクリスマス」のギターの練習をして、さぁ寝るかと電気を消すと、バタッと音がした。
電気をつけると、壁に飾ってあった神田川のビデオが落ちていた。こんなものが自然現象で落ちるものなのか、と思った
その時、ネズミが駆け抜けていくところを目撃した。
部屋の中でネズミが出るのは10年ぶり2度目である。10年ぶり2度目にシングルマッチである、プロレス風に言うとね。前回は、粘着板で勝負が決まった。
今回の作戦は、まず窓を開け、「わけありたちのクリスマス」を歌う。ネズミは音に敏感だ。
そして、部屋の隅に粘着板を置く。これでどうなるかだ。
ちょっと楽しみだ。
願うわくば、このまま現れないことだ。動物と争いたくない。お互いのパーソナルスペースまで入らずに共存するのだ。
田中屋のシティスナップ「代々木公園の二人のユニット」

代々木公園スナップ 撮影/田中宏明
小説「青春ネズミ騒動ストーリー」作/奈良あひる
夜中の二時だった。流しの下で、カサリと音がした。冷蔵庫のモーター音でも、風でもない。わたしは寝返りをうち、隣の彼の背中に手を伸ばした。
「ねえ、聞こえた?」
うつらうつらしていた彼は、低くうなって顔を枕に埋めた。
「またかよ……ネズミだな」
築三十年の木造アパートは、音まで古びていた。風呂はバランス釜、床はきしみ、壁は隣のテレビの笑い声が透けてくる。そんな暮らしにも、最初のうちは妙な愛着があった。けれど、半年を過ぎるころには、慣れとともに小さな不満が増えていった。洗濯物の干し方、歯ブラシの置き場、彼のため息の長さ。
翌朝、流しの隅に小さな黒い粒を見つけた。わたしは箒で集めながら、なぜか涙が出そうになった。
「ネズミのフンだよ」
そう言いながら、彼は真顔で新聞紙を敷き、粘着シートを並べ始めた。その真剣な横顔を見ているうちに、少し笑ってしまった。
「そんなに本気にならなくても」
「相手は命がけだぞ」
その夜、ふたりで電気を消して、静かに待った。ちゃぶ台の上には、袋を開けたままの食パン。わたしは息を潜め、彼は缶ビールを握りしめていた。
やがて、小さな影がすばやく動いた。
「出た!」
彼が立ち上がり、足元のシートを踏み越える。わたしも思わず叫び声をあげた。逃げ回るネズミと、追いかける大人二人。まるでコントみたいで、怖いより先に笑いがこみあげた。
結局、ネズミは隙間に消えた。彼は肩で息をして、床に座りこんだ。
「負けたな」
そう言うと、彼は苦笑いして、わたしの頭をぽんと叩いた。
「こういうの、前はよく笑ってくれたよな」
わたしは返事をしなかった。けれど、狭い部屋の空気が少しだけ柔らかくなった気がした。
次の朝、パンくずを片づけていると、彼が言った。
「もう少し、ここにいようか。ちゃんと退治できるまで」
その言い方が不器用で、少し照れくさくて、まるで「もう少し一緒にいよう」と言われたように聞こえた。
わたしはうなずき、流しの下をそっと覗いた。そこにはまだ、夜の気配のような暗がりが残っていた。けれど、不思議と怖くはなかった。
小さな生き物ひとつで、壊れかけていた日々が、ほんの少しだけ動き出した気がした。

作者紹介
田中宏明 1980年生まれ 東京都昭島市出身の写真家・放送作家。
2003年 日本大学文理学部応用数学科 ぎりぎり卒業。下北沢・吉祥寺での売れないバンドマン生活&放送作家として日テレ・フジテレビ・テレビ朝日を出入りする。現在はピンでラジオと弾き語りでのパフォーマンスをおこなっている。
◆写真家:シティスナップとかるーい読物「井の頭Pastoral」撮影・編集
◆放送作家:ラジオドラマ「湘南サラリーマン女子」原作・脚本 オールデイズ直江津Radioで放送中!
出演ラジオ 第100回
田中屋のシティスナップ
