青春プチロマン小説「横浜ルームナンバー508」第7話 作/奈良あひる

短篇小説
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寝室の空気は、ぬるく湿っていた。
ベッドに並んで横になるのは、どれくらいぶりだろう。

夫の手が、静かに私の肩に触れた。

「……大丈夫?」

「うん」

言葉より先に、肌が反応した。
人肌というものは、しばらく触れていなくても、思い出すらしい。

彼の手が、ゆっくりと私の鎖骨のくぼみに沿って滑った。
まるで、プラモデルのパーツを確かめるような慎重さだった。

「あのね、うまくできるかわからないんだけど……」

「いいのよ。うまくなくて」

私のほうから、夫の手を自分の胸へと誘導した。
私の中に熱が灯っていくのがわかった。
それを夫も感じ取ったのだろう、下腹部に彼の膨らみが触れた。

「……なんか、緊張するな」

「なによ、それ。高校生みたい」

そう言いながらも、私は笑っていなかった。
どこか懐かしくて、やさしくて、泣きそうだった。

唇が、首すじに落ちた。
小さなキスから、深く長いキスへ。

そのまま、彼が重なる。
ゆっくりと入ってくる。
私の中を、夫が満たしていく。

「あたたかいね……」

「……うん。あなたも」

腰が動くたびに、過去の記憶がひとつずつ、どこかへ沈んでいった。
伊勢佐木町の部屋も、写真に切り取られた肌も、
この交わりのなかでは、もう“比べる対象”ではなかった。

今ここにあるのは、夫婦の時間だった。
新しい、はじめての手順。
古い機体を修復するように、慎重で、やさしく、たしかに熱い交わり。

果てたあと、夫が言った。

「……好きだよ」

私は、それに答えなかった。
けれど、答えるように、そっと額を彼の胸にすり寄せた。

とんだドラマのエンディングだった。
けれど、物語が終わったあとに始まる夜が、こんなにも悪くないと知ったのは、今夜がはじめてだった。

つづく

作者紹介

奈良あひる 1990年生まれ 渋谷の会社員

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