=青春プチロマン小説=ありそうでなくて、それでも起きそうなロマンスをお届けする短篇小説。きっとどこかで起きている。
午後3時の水の音
女は窓辺に座っていた。風がレースのカーテンを膨らませ、薄い布が、女の肩をそっと撫でた。
シャワーの音が止まった。しばらくして、濡れた髪をタオルで包んだ男が裸足のまま現れる。まだ湿った体から、石けんと何か熱いものの匂いが混ざって立ち上ってくる。女は本を閉じ、静かに目を上げた。
女「寒くない?」
男「ううん、大丈夫」
男は笑って、彼女の隣に腰を下ろす。ソファがわずかにきしむ。沈黙の中、彼女の髪に指がふれる。ゆっくりとした動きで、耳のうしろをなぞられると、女の背筋がすっと伸びる。
言葉はいらなかった。ただ、肌と肌の距離が縮まるたび、季節が変わるように空気の質が変わっていくのを、女は知っていた。指先が首筋を辿り、鎖骨のあたりで止まる。男の息が近づいてきて、女はまぶたを閉じる。
唇が重なると、世界が遠くなる。ベランダの植木が風で揺れる音も、壁の時計の秒針も、すべてが遠くに引いていく。代わりに、男の呼吸と心音が、彼女の耳の奥に溶け込んでいった。
男の手はゆっくりと、慎重に、けれど確信をもって女の背に回る。生まれたままの肌が重なり合うと、温度が境界を越えて混ざり合うのを感じる。熱でも愛でもない、もっと柔らかくて得体の知れないものが、胸の奥に滴り始める。
そのまま二人は言葉を交わさず、時間に逆らうように体を寄せ合った。どこかに到達するためでも、何かを埋めるためでもない。ただ、いま触れていること、その意味だけを、二人で共有していた。
カーテンの隙間から差し込む夕陽が、ゆるやかに彼女の背を照らした。まるで、ひとつの秘密を神様にだけ見せるかのように。
作曲Memo「潮騒のキャバレー」ラジオドラマ「わけありレストラン」挿入歌 #shorts #ZINE #わけありの女
シティスナップとかるーい読物「井の頭Pastoral」第210巻「湘南女優」モデル:青木祥子 #shorts #ZINE