「京都神護寺 かわら投げの売店のオバちゃんの話」
京都の神護寺は教科書でもご存知の伝源頼朝像を所蔵しているお寺で秋の紅葉がとても美しい場所です。「もみじの天ぷら」なんて粋な物も出てきます。
本堂を少し下った所に錦雲峡と呼ばれる渓谷が広がります。そこに向かって直径5cmほどの丸い素焼きの瓦をフリスビーのように投げる「かわら投げ」も名物のひとつ。上手く投げると瓦がUFOのように遠くまで面白いように飛んでいきます。
僕もやりましたが瓦を売っている売店のオバちゃんが親切な方で瓦を何枚かサービスしてもらったりかわら投げのやり方などを丁寧に教えてくれたんですね。それで売店で冷やし飴を飲みながらオバちゃんと世間話をしていたんですがオバちゃんが
「私、最近息子を火事場から救い出したようなものなんです…」と急にそんな話を語りだして…。
話を聞くとオバちゃんの息子が婿に行ったのだが始めは良くしてもらっていたけどだんだん嫁も姑も意地悪くなっていき息子を虐めるようになったのだそうだ。心が病んでしまった息子をオバちゃんは無理矢理連れて帰って来た。そんな話なのだ。
僕はその詳細ないきさつを軽妙な語り口で語るオバちゃんにすっかり魅せられてしまった。これはオモロイ話だと。
「息子をそんな状況から救い出すなんて…オバちゃんは優しい人なんやなぁ〜」
そんな事を言いながら僕は神護寺を後にした…。
次の年に伝源頼朝像が公開される事となり再び神護寺へ。
かわら投げの売店のオバちゃんの事も少し気にはなっていた。
「まだいるのかな?」
かわら投げ近くの売店に行ってみる。
そんな心配は杞憂だった…
居る!
また冷やし飴を注文。顔を合わせるがどうやら覚えてはいないようだ。しばらく世間話をすると「実は私、息子を火事場から救い出したようなものなんです…」と去年と同じ話が始まる…
(笑)心の中で大爆笑!
そうか!これはオバちゃんが観光客相手にする定番の「ネタ」なのだとその時気づいた。
でもホント昨日あったんじゃないかって思わせる語り口、見事というしかない。またも僕は感嘆した。
また次の年、神護寺へ。こうなるともはや源頼朝像を見に行くとかもみじの天ぷらを食べる、紅葉を見る、かわら投げをするなんて目的で行くのではない。そんなことはどうでもよい。あのかわら投げ売店のオバちゃんの「息子を火事場から救い出した話」を聞きに行くのが楽しみになってしまった。オバちゃんがいる保証はないのに…。
本尊参拝後、かわら投げのある売店へ…あっ!あのオバちゃんがまだいる!
また冷やし飴を頼み飲みながら
「私、息子を火事場から救い出したようなものなんです…」と話が始まる。もはや落語の大名人の十八番のネタを寄席に聞きにいっているようなもの。途中で笑いがこらえきれなくなって
「フフフフッ…!」と笑ってしまった。もちろん笑う場面ではない。
「どうしたんですか?」と不思議がるオバちゃん。
「いや、オバちゃん、人って面白いもんだね(笑)そしてその縁(えにし)たるやもさ。」
そう、3年連続で行って3年連続で同じ話を聞いたのだ。そうそう聞けるものではない。
それにしてもあのオバちゃんはまだ元気で売店にいるのだろうか?